2026年3月25日水曜日

 母親が亡くなってもう1年半・・家を相続して

兄には現金を渡して、すっからかんです・・・

65歳になって年金を貰える年齢になりましたが、貯えは家を建て替えて無くなり、7年後には相続で1800万で調停が終わりまして

またゼロからの出直し!

相変わらず、お客さんや周りの人たちに助けられて39年目に・・・

4月に兄に支払いをしたら老後のために

70過ぎ迄は頑張らないといけなくなりました!

母のすべての整理が終わって昼夜営業を再開後に、お客さんも戻ってきたり新たなお客さんも増えてきて、一日働くとクタクタになって

マッサージ機に乗るとそのまま寝落ちして

夜中に目を覚まして風呂に入って数時間寝てまた仕事・・・足が痛くなるなんて今まで有りませんでしたが、いずれこうなるのかな?

何て思ってはいましたが、自分の体が全身疲労?段々老人化してます・・・

15年ぶり?久しぶりに開店当時からの
お客さんが、友達を店の近所に車で送ってきたついでに来店・・・その時に取ってもらった写真を見て老けたな~自分・・・
週末は友達の孫の高校生がアルバイトに
来てくれて助かっています・・・
駅も無い住宅街の小さな店なのに土地にのランチは40人ぐらいも来て大忙しです







バイト君のリクエストで賄いめしも相変わらず手抜きしないでこの日はとんこつラーメンではなく豚骨なしの肉と野菜でスープから作り
大喜び!







元料理人の友達もびっくりしてました・・・

さ~あと5年頑張る予定ですが・・・
お客さんとしては店を続けてほしいとか?
弟子を作らないのかとか・・・
飲食業は大変だからね~?
誰かやりたい人が現れたら店ごとあげちゃうんですけどね?
早く引退したいし・・・

2026年2月11日水曜日


 

特注の鹿の角の包丁と去年からおろして
使い始めた同じ大きさの牛刀です!
大事に使いながら約10年以上使って
来ました・・・寿命を延ばすために
番手の大きな砥石で形を狂わさないように
大事に研いできましたが、まだ使えますが
好きな重量が無くなりました。

包丁研ぎのまだ未熟な料理人には
番手の高い砥石で形を崩さないように
時間が掛かるけどゆっくり研ぎなさい!
そうアドバイスをしていました。

あるときに目黒君が1000番とかで
研ぐ方がよく切れる・・・
そうなんです!洋食屋は刺身を切る訳では
ないので、合理的なんですよ!
ズバッと切れる包丁になりますからね!
ですが包丁の寿命は縮まる・・・

もっと包丁研ぎがうまくなると
千番の砥石で大きなギザギザを作り
番手を上げて大きなギザギザの中に
中くらいのギザギザを作り
仕上げにもっと小さなギザギザを
入れて行く!
そうすると使い続けるとまずは小さな
ギザギザが減り切れなくなると
今度は中くらいのギザギザで切る様になり

長切れに繋がると自分は思っています
まな板を叩かない切り方が出来ていれば
肉や野菜だけを切るなら凄く長持ちします

自分では切れるのは当たり前で、
切れる感触を大事にしてます・・・

砥いでひと切れ切れるのではなく
数日間同じ力でおなじ切れ方の感触を
大事にしてます。
今でも研いで使ってダメだもう一度
研ぎ直すことが未だにあるのは、
まだまだ未熟なんですね!

とうとう開店から39年目!
コック歴は45年目・・・・
今年から年金が出る年齢になりました

新たにおろした包丁は重い・・・
こんな重い包丁を使い続けてきたのか?
あの時はこれが良いと使ってきた
庖丁も、使い続けて毎日使うと手に馴染んで
いるので新たにおろした包丁の重い事?
重さで引いて切るだけで包丁に力を入れずに
切っていたのが包丁が小さくなって軽くなると
使い方も進化してるのか、同じように切っている?なので重いとか大きいとか軽いとか?
あまり意識しないで切っている?
なのでメインで使う庖丁は
使い続けてる包丁に・・・・




毎日、キャベツの千切りを45年間・・・
これが基本にきちんと細く切る・・・
そんなに長くやっていれば俺でもできる
そうお客さんに言いますよ!

店で使い切ったフライパンは数多く
厚手のフライパンも手入しながら
長く使いこんできましたが、とうとう
寿命になりました。厚めの鉄板だから
長く使えましたが重い・・
とうとう底に無数の針の穴が幾つも出来て
寿命です・・・

高橋刃物の親父さんがお入れらが
どんなにいい包丁だと思っても
使う人がどう思って気に入ってくれるか
想像だけなんだだから使ってみて
感想を教えてくれと・・・
80近い爺さんが40そこそこの若造にも
聞いてくれる・・・
逆に作り手がどう考えて作り上げたか?
どう使いこなせば良いのか?
それが難しくて、簡単には応えられてなかったですよ。
未だに答えは出てませんが、一本の包丁が
普通なら数年で使い切るのが10年もですよ!
これが少しの回答になってるのか?

やっとあと6年で仕事を止める気になってきました。毎日10時間立ち続けて料理を作る
これが体にだんだん老化を感じてきました。
最後の牛刀が終わる時期が計算できる・・・
あと6年!

世の中にはもっと素晴らしい包丁も
出来てきてますが、高橋の包丁に出会って
45年・・・完璧な料理を目指しても
完璧な料理が毎回できるわけでも無く
毎日仕事をしていて進化してしてるのは
少しづつわかる・・・ふと感じると気がある
45年もやってきてですよ・・・


2024年12月11日水曜日

2024年色々ありました


 約6年間、母親の介護で、朝食事を作りディサービスに連れて行き、夕方迎えに行って食事を作り・・・日曜日はディサービスが無いので土曜日から月曜日の夕方までショートステイとかで、店は昼だけ営業の6年間でした。

コロナの給付金で店の維持は助かり、介護5になって骨折からは車いす生活で、ベットから起こしたり寝かせたり

人生で一番母親と一緒に居た感じでした!

最後は特養のお世話になって今年の8月の27日の夜に天国へ!まぁそれからが忙しくてお寺とか葬儀屋とか火葬場の予約とかで葬式は一週間後・・・火葬場が足りないようで?

一度は兄が老人ホームに入れたのですが、会いに行くと帰りたがるし、母親が汚した部屋の掃除は、本人か家族がやるので、昼休みの時間に掃除に行ったりで、仕事の合間肉だけでは足りなくなったのもあるので、住んでいた家を建て替えて介護が出来る家に建て替えて、一緒に住むことに



母親の部屋にもトイレを作り、ガレージからそのまま車椅子で出入りできるようにしたりして、何時かは車椅子が割とすぎに使うようになったりして・・・

一緒に生活するようになってからは、一切の家事は一人でやるようになって・・・


だんだんと痴呆も進み箸を逆に持つように
なったりして・・・
最後まで面倒を看取る予定でしたが
コロナも有るし、一人で介護をしていたので
ケアマネジャーがこの先必要になるだろうと
特養は直ぐに見つからないから予約だけでもと!
そうしたらコロナで死んでいく人が多いのか冬だったからか直ぐに希望の特養が見つかり入ることに・・・
自宅での最後の食事に孫と曾孫が来てくれて
凄く喜んでくれました・・・
特養に入ってから少しはコロナの影響で面会は中に入れずに・・・
スイカが好きだったので2月の熊本の温室栽培のスイカから、9月の青森や秋田のスイカ迄カットしてタッパに入れて持参して・・・dン段会いに行っても寝てる時間が多くなりまして

スイカが終わりの頃の8月27日に天国へ!
家に引き取った頃は歩けたし普通の老人でしたが数年の変化は凄く早かったですよ!普通に旅行にも連れていけたし、食事にも連れて行って大丈夫でしたが・・・

いつでも戻ってこれるように死ぬまでは部屋はそのままにしておきましたが、葬儀の後、49日や埋葬で忙しく、その後も役所や銀行、相続などなどまだまだ忙しい合間に
やっています・・・以前はホントに大嫌いな母親でなんでも兄には言わずに俺に頼むし、いろいろと口出しするし、痴呆が始まった頃はホントに嫌で嫌で・・・
それがね?誰もしないから介護で長く一緒に居たら
円形脱毛になるし・・・大変でしたが
俺しか面倒を見る人いないから・・・
なんだか可哀そうになってきて?
何だか心の中が穏やかに?
自分も歳をとったのか成長したのか?
なんだか不思議な気持ちで送りました!